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人を率いるということ 前篇
お真面目に 今回は 人を率いること についての持論を述べて見ようと思う。
これは、今なお人を率いる立場にいる私が さまざまな“リーダー達”と接し、
様々な悩みや思いを聞いてきて、“リーダー”になろうとする後輩たちに
教えを説くに至ったものである。

もっとも、この持論は“大学”という組織においての一般化である。

では、話をしよう。





人を率いるには二つの要素が必要である。一つは人から好かれるという“天稟”、もう一つは周囲を押さえつけるほどの“努力”。

私の大学限定になるが、どうにもこの二つを理解せずに人を率いようとする人間が後を絶たない。そしてそういった考えが自身を増長させ、実際に指揮を執る人間よりも自身の方が上だという認識が芽生え、実質のリーダーの言葉が浸透しにくくなるという弊害があるようだ。

まず、“天稟”についてだ。これは俗世間的にいえば“カリスマ”である。本人は、周囲から色々指摘されたり怒られたりすることが多くなり、本人は萎えるような雰囲気になってしまう。しかし、これこそが周囲から気にされている、愛されているという証であり、「何かやろう」と言えばなんだかんだで色々な人がついてくる。これは、統率こそ難しいながら組織をおおらかに、“大局”をみる目でもって桶の水をかき混ぜるかのごとく運営する器があれば非常にうまくいくものである。これは、理想形に近付きやすい。続く人間も自身の意思と愛情でついてくるので、細かなことはさることながら組織はうまく転がっていくことになりやすい。

問題は“努力”のほうだ。

これについてはまた後日。←


ちゃんちゃん♪
評論 | 【2012-08-16(Thu) 22:08:58】
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細心(旧:MANAx2)

Author:細心(旧:MANAx2)
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