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人を率いるということ 後編
さて 前述にて“天稟”でもって人を率いることを話した。

今度は“努力”でもって人を率いることを話そう。




努力でもって人を率いるとき、そこには“過去”と“現在進行”の二種類が存在している。過去とは、“過去に行った偉業”によって部下の敬意を集めその敬意という貯金を切り崩して命令をくだすことである。

この“過去”という形態{過去形態}をとることの問題点はなんだろうか。まずはここから議論をしてみよう。みなが学生時代に嫌というほど経験したことにたとえ話は潜んでいる。

「昔 ○△先生は偉かった」

こんな枕詞で権力を擁護する言葉を並べたてる人間を見たことがあるだろう。そうだ、それこそが{過去形態}の具体例だ。この{過去形態}を行使するには“偉業”の度合いが高いことが求められる。

―――しょうもないことで天狗になっていては瞬時に見抜かれ、評価が暴落する―――

勿論、これを成立させるために部下や後輩諸氏はこぞって先輩風を吹かせる輩を見つけたら、注視すべきなのだ。逆に{過去形態}でふんぞり返りたい奴は、“偉業”のより高度な一般化を求めるべきである。特殊環境下での偉業なぞ、せいぜいその現場にいたあるいは同じ時を過ごした輩しか理解できない。その程度の効果範囲の“偉業”などでは、人はついてこないだろう。

威張りたいなら 一般的な偉業 を成し遂げよ ということである。


次に、{現在進行形態}を話そう。これは、おそらく昨今の偉人と呼ばれるための条件とも言うべき美学であろう。簡単にいえば、{歳をとってなお、偉業を成し遂げつづける}ことである。ただし、“偉業”の次元は低くても結構、それはやがて“偉業”から“努力”という、リザルトからプロセスへと評価対象は遷移していくのだから。しかし、これは威張る先輩からすれば非常に辛いことだ。ないせ、{頑張って当然}な現役組と肩を並べて走り続ける必要があるのだから。とは言うものの、これは{過去形態}とは一線を画す敬意を払われることが多い。しかも、現在進行で先輩が走っているのだから部下や後輩たちも、その背中を追い掛けやすくまた走る姿勢からたくさんのことを学ぶのだ。理想形は{走れなくなるその時まで、ただひたすらに前を走る}ことであろう。もっとも、これができる先輩や上司などほとんどいないわけで、だからこそ偉人と称され美学と語り継がれるわけなのだが。



長くなってしまった、結論をまとめよう。

要するに 人を“努力”で率いるならば 一発あてるか、努力の継続が大事だよ  ってなこった。



以上
評論 | 【2012-10-09(Tue) 23:55:35】
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