カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
CustomCategory
最近のエントリ
最近のコメント
RSSリンクの表示
カウンター
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | 【--------(--) --:--:--】
Trackback(-) | Comments(-)
【読書感想】「 屍者の帝国 / 伊藤計劃・円城塔」
プロジェクトItohの三部作目にして、故人となった伊藤計劃が世界観を作りだし、円城塔が紡ぎだした中世を舞台にした渾身のSF作品

重かった、、、、、ほんっとに重たかったぞ


DSC_0453.jpg

 なんという世界観。紡がれる物語で求められるもの、それはひとえに魂の存在だ。
はじめに、導入として魂の存在を作品の世界観になぞらえて、霊素と説明をされるのだが、
そんな簡単なものじゃない、ということを後半で嫌というほど知らしめされる。

 ザ・ワンが求めたのは伴侶というが。

 この作品で一番ややこしいのは“死”という概念だ。屍者という存在を用いることで、この作品では“死”という概念を、われわれが生きる世界以上に、明確に定義する必要がある。
その定義が理解できるのは、物語が半分くらい進んだところだろうか。
そこまで、“死にながら生き続ける”や“死を与え続けられる”という概念が、まったくもって理解しづらい。
逆にいえば、われわれがもつ一番強固な固定概念を、木端微塵に砕こうとしてくるのだから、たまったものじゃない。

ワトソンとカラマーゾフ、アダリー、ザ・ワンといった面々の会話は、複雑怪奇で意味をとらえるのが困難だ。
なにせ、私が持つ論理を形成する様々な境界線を飛び越えた、達観した視点で話が進むのだから。

おかげで、会話を追いかけるだけで精いっぱいになってしまう。
読み終わった今でも、頭が悲鳴をあげている。
計算者のアダリーが最後に見せる逡巡と納得のいかない姿に、魂の存在を証明してみせるワトソンは、なるほど旅で変わったのだな、と思った。

人が生と死を乗り越えた先に見るのものは何か。死という束縛を打ち破ることを見据えた先に、どんな自由を望むのか。
人たりえるものが何かを考えてしまうのも無理はない。
そして、この作品では人足り得る要素はストレインという菌だと結論づけている。
まぁ、わたしとしては X の方が理解しやすい。

人の脳内では常に様々な思考が派閥をつくり、審議制でもって行動を決定づけているというのだから、なるほどAIも一番効率がいいのは審議制だよな、とか夢想してしまうあたり、ワトソンどころか私も頭がおかしいのかもしれない。

さて、、、感想を抱く、文字におこすだけでもものすごい労力が伴う、今作。

いっそ、フライデーのようにして感想をかければいいんだけどな、、、、

以上
小説 | 【2015-06-03(Wed) 22:04:45】
Trackback:(0) | Comments:(0)
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

細心(旧:MANAx2)

Author:細心(旧:MANAx2)
某企業
社会人 2年目

----好物---
たかはし智秋
GRANRODEO
北方謙三
今野敏
藤井太洋
-----------
ラジオ、ラジオドラマ、小説、ゲーム、映画を制作したりする
しゃべり好きな人間でございます
-----------
連絡先
manax2.g2591あっとgmail.com

リンク
ブロとも申請フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。